
ユーロビジョン・ソング・コンテストの代表曲と言えば、1974年にまだ無名だったABBAが歌ったアップテンポな楽曲、「Waterloo(恋のウォータールー)」。その他にも、エレクトロポップや力強いバラード、そして2006年にヘビーメタル界初の優勝を成し遂げたあの曲など、素晴らしい曲の数々を私たちの心に届けてくれています。この記事では、ヨーロッパで最も盛り上がる音楽の祭典が今年も開催されたことを記念し、ユーロビジョンの代表曲とそのアーティストたちの故郷をご紹介します。素敵だと思った場所への旅を計画して、忘れられない「ユーロビジョン巡礼の旅」へ出かけましょう。
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スウェーデンは何度かユーロビジョンで優勝を飾っており、2012年にバクーで開催された回ではロリーンがヒット曲「Euphoria」でトップに輝きましたが、何といっても1974年にABBAが一躍脚光を浴びるきっかけとなったことが印象的でしょう。ABBAは、70年代初頭にブライトンで行われたコンテストで今や名曲として知られるポップソング「Waterloo」を歌って世界的に有名になり、ユーロビジョン最大のサクセスストーリーとされています。その後も世界中で1億5,000万枚のレコードが売れ、音楽史上最も売れたバンドの1つになったのです。バンドメンバーのアンニ・フリッドは実はノルウェー生まれですが、スウェーデンで他の3人のメンバーの故郷を訪れるなら、ストックホルムのアット シックス(At Six)、ヨーテボリのホテル ロイヤル(Hotel Royal)、ヨンショーピングのクラリオン コレクション ホテル ビクトリア(Clarion Collection Hotel Victoria)にぜひ泊まってみましょう。

2020年のユーロビジョンは中止となりましたが、優勝候補と言われていたのがこの曲。アイスランドの歌手ダディ・フレイルと彼が率いるバンド、ガグナマグニス(Gagnamagnið)によるシンセサイザーが効いたダンスチューン「Think About Things」は大ヒットとなり、有名人やコンテストの司会者陣からも支持を得ました。2020年のロッテルダム大会でアイスランドの代表曲として選出されましたが、残念ながらこの年のコンテストは中止となりました。まだ見ていない方は、キャッチーなダンスルーティーンつきのレトロなミュージックビデオをチェックしてみましょう。このバンドの出身地は、活気あるナイトライフと音楽シーンで有名なアイスランドの首都、レイキャビク。訪れるなら、レイキャビクにあるゲストハウス、フレイヤ ゲストハウス&スイーツ(Freyja Guesthouse & Suites)に滞在してみてはいかがでしょうか。

アイルランドは、1965年の初参加以来7回の優勝回数という、ユーロビジョン史上最多の記録を誇っています。2011年に代表として出場した一卵性の双子の兄弟バンドであるジェドワードは8位となり、優勝こそしなかったものの、アイルランドにとっては象徴的な大会となりました。ジェドワードは、オールバックの目立つヘアスタイルやエレクトロポップのヒット曲「Lipstick」が人気を博したのか、はたまた2009年にオーディション番組「Xファクター」に出場した際に審査員のサイモン・コーウェルに「長い間見てきた中で最もうっとうしい2人」と辛口コメントをされたのが注目を集めたのか、理由はともかくカルト的人気を集めることとなったのです。そしてその後も、ユーロビジョン史に名を残すほどの成功を収めました。そんなジェドワードの出身地は、音楽の歴史やライブ音楽シーンの名所として愛されている街、ダブリン。バンドの故郷を自分の足で訪れ、中心部にあるモクシー ダブリン シティ(Moxy Dublin City)に泊まってみましょう。

2006年にアテネで開催されたユーロビジョンでフィンランド代表として出場したハードロック / ヘビーメタルバンド、ローディは、同ジャンルで出場したバンドの中で初めて優勝を飾りました。そのときの曲が「Hard Rock Hallelujah」で、後々ヘルシンキのマーケットスクエアで8万人が大合唱したことにより、最も大人数が同時にカラオケを歌ったケースとしてさらに記録を更新した曲でもあります。2006年はフィンランドが初めてユーロビジョンで勝利を収めた年でもあるため、この曲はさらに象徴的なものとなっています。バンドの故郷は、サンタクロースが住む場所であり、オーロラが見られる場所としても有名なラップランド(ラッピ県)の県庁所在地、ロヴァニエミ。滞在先には、ツォーマス ラグジュリアス スイーツ ノウカ(Tuomas´ luxurious suites, Nouka)がおすすめです。

2014年の大会では、オーストリアの歌手でありドラァグクイーンのコンチータ・ヴルスト(トーマス・ノイヴィルトというアーティストのオルターエゴ)が、力強いバラード「Rise Like A Phoenix」でユーロビジョンの舞台に華を咲かせました。ゴージャスな長い髪と「髭を生やした女性」というキャラクターで観客を驚かせた彼女は見事優勝し、瞬く間に話題となりました。コンテストの後も彼女のキャリアは順調で、さらなる音楽やモデル活動、アクティビズム、イベントへの出場など幅広く活躍しているほか、自伝も出版しています。コンチータが育った町であるオーストリアのグムンデンに行って、ルネッサンス アパートメント マルクトプラッツ(Renaissance Apartment Marktplatz)に泊まってみてください。

1958年、ドメニコ・モドゥーニョによる「Nel blu dipinto di blu」という曲が登場し、ユーロビジョン史に残る名曲となりました。曲名を直訳すると「青く塗られた青の中で」という風になりますが、後には「飛ぶ」という意味の「Volare」として広く知られるようになりました。モドゥーニョは3位という結果に終わりましたが、この曲は長年にわたってユーロビジョンの代表曲として愛されるようになり、詩的な歌詞が聴く者を魅了し続けています。作詞家のフランコ・ミリアッチがモドゥーニョと共に作詞した曲で、モダニズムの芸術家マルク・シャガールが描いた2つの幻想的な絵画についてのミリアッチの記憶にインスピレーションを受けて生まれました。モドゥーニョの故郷は、プッリャ州ののどかな海辺の町、ポリニャーノ・ア・マーレ。この町にある素敵なB&B、トーレス スイート(Torres Suite)で何日か過ごしましょう。